主の栄光教会ってどんな教会なんだろう?その答えは、教会に通う一人ひとりにあると考えます。教会を作っているのは、教会に通う一人ひとり。だからメンバーを知れば、その姿が浮かび上がってくるはずだと、連載コラムがスタートしました。教会の掲げるミッションとしてのSMART(Social・Motivative・ART)。そんなスマートな人たちの魅力に迫ります。
一見おっとりとしているようで、明確なビジョンを持って突き進める芯の強さを持ち、柔らかい表情の中にも、葛藤や曖昧な感情を的確な言葉で表現し、分析する姿はまさにスマートな教養人。そんな奥深さをたたえるメンバーの登場です。
File.040 片岡はるみさん(教員・30代)
無条件の絶対的な愛を受け、
自分もそのように愛せる存在がいるはずだという
感覚が昔からありました。
―片岡さんが聖書を学ぶようになったのは高校2年生のときだとお聞きしました。
はい。小学生の頃から英語やフランス語、ドイツ語圏の翻訳文学を読むのが好きで、その世界観の根底にある聖書に興味があったこと、そして、海外への留学経験を経て感じたこともきっかけになったと思います。意外と留学しても人生って根本的には変わらないのだな…と感じていた時にグローバル・スタンダードである聖書を読んでおこうと思っていました。

―それは意識が高い! ところで留学はどのような経緯でどこに行かれたんですか?
先にお話した通り、外国文学をよく読んでいたこともあり、海外生活への興味があって行ってみたいと思っていました。中学生の頃に親に話してみたところ、大人になったら行ってよいと言われ、自分では大人は高校生だと思ったので、留年しても後輩など知り合いと同じ学年になることのない高校に行く!と決めて志望校を定めました。親や学校の先生からは地元の進学校へ…と言われましたが、地元から離れた名古屋市内の高校を第一志望にしました。
―思いを形にする行動力は素晴らしいですね。
そうですかね笑)。でも、カナダのケベックに1年留学し、帰国して気づいたことがありました。もちろん、留学期間は楽しいこともありましたが、帰国後、意外と留学前の自分と変化がないことに気づき、自分自身とまどいました。「根本は変わらない、人生ってこんなものなのかな」と諦めを感じていた時に、知り合いを通して聖書を学ぶ機会がありました。聖書自体は難しそうだし、買うとそれなりの値段もするので、買わずに教えてもらえるならラッキーという気持ちでしたね。

―いい人たちに出会えて学べてよかったです。
ですね。しかし、何かを買わされたりするようなことがあったら「即逃げよう!」と思っていました笑)。もちろん、そんなことはなく、聖書を学びながら自分の中で釈然としなかったことが解かれていって、ああ、真理だなと感じるようになりました。
―釈然としなかったところがどのように解かれたのでしょうか?
私はまず、親にも本音が言えない性分でした。親の期待に100%応えられるわけでもないし、親もそれを分かっていると感じる親子関係の中で、何か解けない感情があったんです。母と祖母の顔色をうかがうところがあって、自然と人の+(プラス)の感情よりも-(マイナス)の感情に敏感になってマイナスの波長をフォローしようとする癖がありました。そして自分の希望を通すことやわがままを言うことへの罪悪感のようなものがあり…。優しいイメージを持たれることも多いですが、自分はそこまでいい人ではないのに、感謝されたらつらいと思う自分もいた。そうして何が自分の本音なのかもわからない、錯綜した感情にとらわれていたと思います。
―なるほど。なんだか縛られている感じですね。
そうですね。なので、聖書を学び、神様の存在を感じるようになって、神様の前では自由でいられる、自分は心から愛されていると感じるようになったことで、自由になったというか、解き放たれる感覚がありました。

―(神様の)愛で解かれた、と。
はい。不思議なんですが、小学4年生ごろから常に誰かに殺される気がすると同時に、絶対的に愛される気もしていて、いつも生き延びていることへ感謝をして祈る自分がいました。もちろん、祈る対象はまだはっきりしていなかったですが、とにかく「生き延びている」ということへの感謝と、自分がいい人ではないことへの懺悔みたいな気持ちをもっていました。だから、死ぬ直前でよいから絶対的な愛を確信したいと思い続けていたところがあったんです。
―さすが、国語の先生。自身の内面考察と表現が深いですね…笑)
ですかね!笑)結局、聖書を学ぶことで絶対的な愛への確信を持てるようになったのは大きかったですし、その愛を感じることで、思わず人に合わせてしまうような状況でもこれまでのようなつらさや嘘をついているような感覚がなくなりました。人間関係においても神様や主はどう思っているのか?と考えると自分の低い次元の考えから抜け出して楽になり、愛と喜びで行なえることが増えたなと思います。

―解き放たれましたね~! 自由になられたことで、教員という進路は必然だったのでしょうか?
それが教員になる気は全くなく…。小学生の頃になりたくなかった3つのうちの一つが教員だったんです…笑)。ですが、神様を知ってから進路も天の御心の通りにという思いがあったので、大学で愛知県を抜け出そうと思っていましたが、愛知県の県立大学へ進学しました。留学先だったケベックでの学校制度や教育への感覚など日本とは違う文化にも触れ、教育というものには興味があったことと、大学で免許取得の単位が取りやすかったことや実習を経れば教員免許をもらえることから、教員の道へ。大学時代にパリに留学した経験からもっと勉強をしたいという気持ちも後押ししたかと思います。教員としてスタートした矢先にコロナ禍だったこともあり、最初の2カ月は教材研究だったのですが、その期間が明け、初めて教壇に立って行なった授業の題材が『神様2011』(川上弘美著・講談社)という小説でした。この場で教員として神様の御心を成すことを神様が願っていらっしゃるのかなと感じ、希望的でした。

―教員初の授業題材で、神様が出てきましたか。ハレルヤ! それは希望ですね笑)。さて、そうして御心を感じた教員として、また教会の中でも中高校生と接する機会が多い片岡さんですが、中高生と接する中で意識されていることなどありますか?
自分を空けることですね。自分の考えで接しないようにと思っています。学校の現場では神様と直接言うことはなくても、天の愛で相手に接したことで心の畑が耕されて天の愛の種がまかれている姿を見ることができました。自分の思っていることを言葉にすることが難しい子たちも多いのですが、合唱部の顧問をしていた高校を離任する際に、生徒たちが自らの企画でお別れ会として一人ひとりが思い出を語ってくれる機会があり…。人前で話すことをためらう子たちが自分の言葉で一人ひとり話している変化した姿に、「神様が自分を通して接してくださったことだ」と感動したのを憶えています。教会に通う中高生に対しては、むしろ力を受けることが多いです。パワーや熱量が天を引っ張る力となっていて希望を感じるので、引き続き中高生たちが本当に天の力になれるように共に過ごして生きたいなと思っています。

―なるほど。ご自身が教える立場ではありますが、逆に学ぶことが多そうですよね。
はい。私の好きな聖句に「ところが、主が言われた、『わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる』。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。」(コリント人への第二の手紙12章9節・口語訳)というのがあります。自分が足りないからこそもっと学べるし、自分ももっと学んで天の願う姿になって、そして中高生たちもそうなっていけるように支えてゆきたいと思っています。
貴重なお話をありがとうございました。神様を直接知るようになる前から、神様に育てられてきたとしか思えない経緯をお聞きしながら、なんだか胸が熱くなりました。片岡さんだけではなく、これまでのインタビューを通して、いつも感じることですが、神様に出会う機会が誰にも必ずあり、ここ!というタイミングで直接出会えるように導かれる。そして、「生きたい」という思いは確実に天に届くのだなと改めて感じる機会になりました。これからも、その生命力で天の希望となり、中高生とともに光を放ってください!応援しています!!



ケベックの留学をあと2カ月で終えようとしているタイミングでホストファミリーが変わり、学校も転校せねばならないかも…という究極の状況下で、フランス留学中も、教師を辞めようと思った時も、いつも「大丈夫だ」と声が聞こえてくるかのようにはっきりと見たのは虹だった。神様を直接知らない時から、そして知ってからも、大きな虹を通していつも神様が共にしてくださっているのを感じるという。人生の転機には虹の存在があった。


