主の栄光教会ってどんな教会なんだろう?その答えは、教会に通う一人ひとりにあると考えます。教会を作っているのは、教会に通う一人ひとり。だからメンバーを知れば、その姿が浮かび上がってくるはずだと、連載コラムがスタートしました。教会の掲げるミッションとしてのSMART(Social・Motivative・ART)。そんなスマートな人たちの魅力に迫ります。
誰かの何気ない一言や行動が、傷として心に深く刻まれることがあります。傷を受けた側の記憶が消えることはなかなか難しいことかもしれません。しかし、全ての思いを分かって接してくれる存在に気づき、その愛に触れたら…。今回の取材で、あらゆる傷は愛で癒されるものだと改めて感じさせてくれました。
File.043 Mioさん(会社員・40代)
「与えられる全てが神様からのものだ」
という思いがあります。
―Mioさんが聖書を学ぶようになったのは会社の同期がきっかけだったとお聞きしました。
はい。彼女が同じフロアに配属になったことがきっかけで、その人となりを知るようになり、私の方から「あなたと友達になりたい!」と言って親しくなってから聖書のことを知るようになりました。
―教会に通っていたその方は、友達になりたいと思えるような輝きを放っていたんですね~!笑)実は、私もその方を存じていますが、何とも言えない底抜けの明るさというか、屈託のなさ、細かいことは気にしない大胆さを持ちつつも相手の気持ちに寄り添う繊細さを持ち合わせていますよね。褒めちぎってますが笑)。
笑)これまでに接したことのない、まさにニュータイプの人でしたね。彼女が会社にいると、ギスギスした場面でも雰囲気がパッと明るくなるんですよ。ムード―メーカーなのはもちろん、彼女と話した人がみんな笑顔になるので不思議な気持ちもありつつ、観察していた笑)のですが、影がないんですよね。

―なるほど。さらに、決定的な出来事があったんですよね?
会社のプロジェクトで男子高に出向き、高校生を相手に授業をする企画でコンビを組むことになって。そこでも彼女は不思議でした笑)。明らかに話を聞く気のない生徒たちのもとにニコニコしながら近寄って、何か声をかけながら教室を回っていたんですが、彼女が教室を一周して教壇に戻ってきたら、何の関心もなさそうだった生徒たちが前のめりで話を聞くようになっていました…。マジック…。このことがきっかけにもなり「友達になりたいな」と伝えると「いいよ!」ということで、仲良くなってゆきました。
―もちろん、その方が素敵に自分を作られたゆえの姿だと思いますが、彼女のことをもっと素敵に見えるように聖霊が働きかけて下さったような印象ですね。そこまで惹かれる理由があったのではないかと思います。
そうですね。当時の私にとっては人に対して「友達になりたい」と自分から求めるのは、すごく大きなことだったんです。私のそれまでの人間不信が大きな理由だったかもしれません。極度ともいえる人間不信でしたが、彼女には全く壁を感じるどころか親しくなりたいと思ったんです。人間不信になったのはまさに小学校3年から中学卒業まで続いた、いじめがきっかけでした。

―いじめは何かきっかけであったのでしょうか?
自分ではどうしようもない私の名前(氏名)が原因でした。最初に名前をからかわれるようになって、授業中もその名前が呼ばれるたびに笑われたり…。発言するたびに笑われる、ある時はボールをぶつけられたりもしました。まさにいじめです。原因は何でもよかったのかもしれないですが、きっかけは名前でした。新任の先生もいじめてくる子たちの側に立って同じようにいじってきますし、ベテランの先生からは「仲良くできないお前が悪い」と叱責されるという…。その後、その先生からは「皆の前でお前を叱れば、皆がかわいそうに思っていじめがなくなると思った」と言われたのですが…。この状況から逃げ出したいと思うあまり、幼い頭で一生懸命考えて、親に「改名したい。祖母の家の養子になりたい」と訴えもしました。
―小学生の頃だと、なかなか大きな決心で訴えられましたよね。
はい。「名前が原因でいじめられているから改名したい」と話し始めましたが、いじめられていること自体を告白することも勇気がいりました。加えて養子案まで提案したので本当にずっと考え続けて話したことでした。が…、母親が深刻に受け止めてくれるどころか、笑いながら「逆に名前で笑いをとったらいいんじゃない」と…。その時、自分を生んだ親でさえもこの苦しみをわからないならば、自分のことをわかってくれる存在なんてどこにもいないのだな、と思いました。それから親にも自分の本心を話さなくなりました。この頃からの願いは「とにかく普通になりたい」、「誰にも見つからないように人にまぎれて生きていきたい」というものでした。いじめがあった期間は、死ぬ勇気がないから死なないだけという感じの精神状態だったのを覚えています。

―それは人間不信になってしまうと思います…。誰も信用できない、話したくない、接したくもないですよね。
そうですね。中学の3年間は学校でも家庭でも人と話すことがなかったので、今でも話すのが苦手で…。しかも、ずっと周りの人からは名前で呼ばれずに名字で呼ばれ続けていたので、誰かに名前を呼んでほしいという気持ちもありました。教会の人たちは知り合うと比較的早い段階で、名字ではなく名前やあだ名で呼んでいたりしますが、旧姓に「神」の文字が入っていることもあってか、教会の皆さんが私のことを名字やフルネームで呼ぶ人が最初は多かったです。でも、名前がきっかけで苦い経験のある私としては「フルネームはきついな…」と、よくフルネームで呼んでくる人に思い切って「いじめのことがあったので、フルネームはやめてほしいんです」と言ったことも。その人は真摯に受け止めて下さって名前で呼んでくれるようになり、徐々に周りからも名前で呼ばれるようになっていきました。なので、私にとっては教会が自分の名前を取り戻してくれた場所でもあります。
―私は逆に教会に通うようになって最初にびっくりしたことの一つに「名前呼び」がありました笑)。あまり話したこともない先輩たちが〇〇さんと名字ではなくて、名前を、しかも呼び捨てで呼んできたので「すみません。どなたですか…?」となったのを覚えています笑)。Mioさんほどの過酷な経験で人間不信に至ってはいませんでしたが、私も当時、軽い人間不信だったので…。でも、名前で呼ぶのはまさに関心(=愛)ですよね。
自分も神様の愛を知って、教会に通う皆さんも神様の愛を示してくれているんだな、とわかるようになりました。それまでは、自己肯定感も低く、「自分ができないからこういうことが起こるのか、人があのような反応をするのか、自分なんか」と自分を責めてばかりいた性格で。母親にも厳しく育てられて褒められたことがなく、指摘されることが多かったので。

―神様はまず長所を見て下さるので安心ですね。さて、人間不信の壁を崩してきた同期の方から、聖書を紹介された時はどうでしたか?
最初は教会の人たちで企画しているゴスペルコンサートに行きました。すごく幸せそうに満たされた表情で歌っている人たちを見て「ああ、神様と一緒にいるから幸せなんだな」と思い、そのことを伝えて話す中で、自然と聖書を学んでみることになりました。もともと、本が好きで、天正遣欧少年使節(※)や隠れキリシタンの話を通して、信仰を持っている人たちはすごいと思っていましたし、京都での大学時代には、神社仏閣や教会の建物や宝物などを見て「人にこれほどまでのものを作らせる『信仰』というものは何だろう」と常々思っていました。『パッション』(原題:The Passion of the Christ、2004年公開、監督:メル・ギブソン)を映画館に一人で観に行った時には、上映中ずっと「この人(イエス様)は私のせいでこんな目にあっている。ごめんなさい…」と考えていたのを覚えています。
(※)1582(天正10)年に九州のキリシタン大名がローマ教皇のもとに派遣した4人の少年使節団。日本でのキリスト教布教の支援を教皇から得ることや日本での布教実績を教皇にアピールする目的で派遣された。
―聖書を学ぶ前ですよね?
はい。なので、いろいろと聖書に出合うべくして出合う伏線がいろいろあったのだなと思います。抵抗なく聖書を学べるようにといろいろなきっかけがあり、そして、一生分の決定的なきっかけとして、会社の同期の姿があったのかと。「自分もあんな風になれたらな」と、ふと頭によぎった感動は、まさに神様を愛し、神様から愛される人たちの姿への憧憬(しょうけい)であり、そのような感情を抱くようにさまざまに導いてきてくださったと思います。

―教会に通うようになってからずっと聖歌隊を続けていらっしゃいますが、その歌声や聖歌隊に参加される姿勢から、まさに神様を愛し、神様から愛される姿を今では見せてくださっていますよね。
そうだといいのですが…笑)。歌を専門的にやったこともなく、声が低いのもコンプレックスで、むしろ歌うことは苦手でした。でも、ある時、とても好きな讃美歌に出合って深く感じたことがありました。「神様の近くに居続けることはただハッピーなことだけではなくて、居続けるための努力が必要なんだ」、そして「私はその努力ができる人になりたい」と。私は讃美歌を歌うことを通して、神様の深い思いや(自分の)信仰の姿勢など多くのことを実感できるようにさせてもらいました。話すことが苦手な自分に、神様は讃美歌を歌うことを通して、神様と対話できる道を示してくださったのだと今は思っています。だから、聖歌隊をしていることがあまりにもうれしくて「肉体は一生、霊は永遠に神様を賛美します!」と神様に約束しました。今も神様がその約束を果たせるように働きかけてくださっているのを感じます。
―聖歌隊への熱意はいまだ衰えることを知らない感じですが、聖歌隊を通して一番変化したところは何でしょうか?
自分自身や本当に大切にすべきことは何かを取り戻したことですね。神様を賛美する大事な働きですから、本気で聖歌隊のメンバーとも話し合って、技術も磨き合って。そうして本気で泣いて笑って…としているうちに、自分がかつてほしいと切実に願っていたものである、「愛、確かなもの、友情、信頼、家族、自分ですら知らなかった自分の個性や才能そして名前」まで全て神様が取り戻してくださっていると気づきました。だから、親との関係性も変わり、過去傷ついた話も直接することができ、徐々にわだかまりもなくなっていきました。親と正直に話し合えるようになったことも大きな変化だと思います。

―最後に、今後の目標などあればお聞かせください。
私が聖書を学び始めた時、家庭を持っている方たちが本当に自分を顧みて、よくしてくれたのを覚えています。自分も結婚し、家庭を持つようになりましたが、そのように神様をこれから知っていく人たちによく接していきたいと思っています。
―貴重なお話をありがとうございました!自分の受けてきた傷を話すことは簡単なことではなく、緊張されながらもインタビューを受けて下さったことに感謝します。これからも、もっともっと癒されて、神様を賛美し続けてください!そして、癒されたその愛の姿をもって、主の体となって癒しを届けていかれるのを応援しています!



