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主の栄光教会インタビュー連載コラム_Vol.41

主の栄光教会ってどんな教会なんだろう?その答えは、教会に通う一人ひとりにあると考えます。教会を作っているのは、教会に通う一人ひとり。だからメンバーを知れば、その姿が浮かび上がってくるはずだと、連載コラムがスタートしました。教会の掲げるミッションとしてのSMART(Social・Motivative・ART)。そんなスマートな人たちの魅力に迫ります。

今回は、はっきりとした意思表示と好奇心を持ち合わせた素敵な大人メンバーの登場です。教会には様々な世代の人が通っていますが、こうした取材時間を通してさまざまな人生に触れることのできる理想世界を改めて実感できました。人生の先輩として学ぶところも多く、頼れるお姉さん的存在感と遊び心に大人の余裕と自由さを感じさせてくれます。

File.041 Makikoさん

肉体は自由だけど心は不自由。
そんな自分に気づけたことが大きかったと思います。


―Makikoさんが教会で聖書を学び始められた経緯はなかなかドラマチックだとお聞きしました。

そうですね。どこから話せばよいのやら…という感じですが、2001年に日本でもヒットした韓国映画を観て韓国の文化に興味をもち、韓国語を学び始めたことがきっかけともいえると思います。が、思い起こしてみると短大時代に行ったヨーロッパ短期周遊中のバチカン訪問やもともとの性格からも聖書に出合うべくして出合ったのだなと思います。

―順を追ってお聞きできたらと思います。まず、直近のきっかけとなった韓国語のあたりから…。 

先にお話した韓国映画の主演俳優に興味を持ち、映画の世界観を通して韓国という国自体へも興味を持つようになり、大学のハングル講座を受講するようになりました。平日夜クラスだったので、社会人も多かったのですが、入門クラスから次のレベルに上がるタイミングで土曜日の昼に受講コースが変更になって人も減ってしまい…。結果、自分も続けずにやめてしまいました。その後、韓国俳優に「推し」がいるママ友に同行した韓国旅行先で「ハングル文字は読めるのに意味が分からずに悔しい…」という思いから名古屋に戻って語学学校に通うことにしたんです。そこから3年通う中で、韓国人の友達が欲しいと文通サイトに友達募集を出し、ソウル、釜山、仁川に住む3名の韓国人とそれぞれ文通しました。お互いの個人情報は送らずにひたすら韓国語の長文で日常のことについてやり取りする、というものでした。

―語学学校にまで行かれていたんですね。長文での文通というのも韓国語上達には欠かせなさそうですね。

1日1通のやり取りをしながら、毎日続けていくにつれてLINEでやり取りするようになりました。スピードには自信がなかったのですが、その旨も伝えた上で忍耐強くやり取りを続けてくれた人がまさに教会に通う人だったんですよね。1日に3時間以上も話していたこともありました笑)。相手も私も同い年で、且つ結婚していたこともあり、お互いに家族や仕事のことなど楽に話すことができました。

―日常のささいなことを話すうちに相手が教会に通う人だとわかった時があったんでしょうか?

はい。もともと相手のプロフィール欄にはクリスチャンと書いてありましたし、韓国にはクリスチャンも多いので、そういう人なんだろうなとは思っていました。決定的になったのは、その頃ちょうど立て続けに自分の周りの親しい人が亡くなっていた時で、私は過去に早くに父を亡くしていた経験もあり、「この世には神様なんていないね…」とポロリとつぶやいた時でした。その返事に「あなたにメンターはいるの?」とあったので、特定の信仰を持っていないと伝えましたが、自分が人生を教えてもらった先生(牧師)がいるので話を聞いてみたらどうだろう?と返事がきたんです。当時の正直な気持ちとしては、せっかく友達になったのに、宗教やその人の大事にしているものや人を自分が受け入れられずに気まずい思いをするのは残念で仕方ない…という感じでした。

―宗教となると話は別という感じになりますかね。何かに所属するみたいなイメージもありますし。

ですね。なので、友人として気まずくなりたくないと伝えました。もともと絶対聞いてほしいみたいな押しの強さもなかったですが、私の話に対してちょくちょくそれも解決するのになぁ…みたいなフック笑)はありました。そうして話す過程で、解決する話とは何だろう?とチラっと聞いたところ、言語の壁があるので日本の教会の人につなげるからと、主の栄光教会の当時の担当牧師につなげてもらうことになりました。

―なるほど。友人との話の流れでひとまず聞いてみたいとなったということですかね。

そうですね。聖書の概要から始まって聖書で何を伝えているのか、一つひとつ話を聞く中で嫌な感じも全くなく、むしろ、伝えてくれた講師の方のお家がとても癒しで心が落ち着いたのを憶えています。仕事帰りに聖書を学びに行って、癒されてからまた世の中に戻って笑)食材を買って家に帰るという生活になり、気づけば聖書を学びに行くのがとても楽しみになっていました。

―学んだ場所の雰囲気以外にも聞き続けるきっかけとなったことなどありましたか?

その韓国人の友人が「サラン(日本語で「愛」を意味する)」という讃美歌を教えてくれてその曲を聞くとなぜか大号泣したのを憶えています。一生分の涙を流したんじゃないかと言う感覚でした。

―それは、言葉では説明できない感動ですね。

そうした経験もあり、毎日学び続けて礼拝にも参加するようになりました。しかし、宗教に対して偏見とまではいかないまでも、特定の信仰を持つことへの不安や心配みたいな感情がなかったといえば嘘になります。一般的な日本人ならばそのように感じる人も多いと思います。なので、自分としては金銭を要求される、強制されるといったこの2つのことがあったらやめようと心に決めていました。結果、そういうことは一切なかったことと、目の前の自分が現実に接している、牧会者や講師、友人が信頼できる人たちだったこと、そして心が満たされてゆく感覚があったことが学び続けるきっかけでした。

―自分が直接接し、実感したことへの責任は自分にありますし、何を信じ、人生の指針にしてゆくのかは自分の選択だと思います。

私は49歳で教会に通うようになったのですが、自分の責任で行動を起こしてきた結果に満足しています。40歳を過ぎると人生後半どうしよう…と思い始めたりもしますが、そういうタイミングで主に出会ったことは自分にとって大きかったなと。

―人それぞれに出会うべき時がありますね。そもそもご自身の性格や短大時代にもきっかけがあったという話もありましたが…。

あ、そうそう。短大時代に50日間、南山大学の神父さんとシスターの引率でヨーロッパを周遊するツアーの機会があり、バチカンにも行きました。当時の法王にも謁見して、ちゃっかり右隣で写真も撮ったり笑)。思えば、その時の経験や感覚も聖書に興味を持つきっかけではありましたし、小学校の友人が牧師さんの子どもで、よく遊びに行ったり、高校の同級生にも牧師になった人がいたりなど…。掘れば掘るほどいろいろ出てくる笑)のですが、原風景に神様に出会えるよう、伏線がいろいろと散りばめられていたんだと思います。性格に関しては、内面を掘り下げるところがあり、何か満たされていない感覚があって、そういう意味でも聖書の話を通して解かれところが多かったのだと思います。

―なるほど。誰にでも神様に出会うきっかけを与えられていると聞いたことがありますが、原風景に刻まれたきっかけは人それぞれ様々にありそうですね。さて、Makikoさんは旅行好きでいろんな癒しカフェをよくご存じだと風のうわさでお聞きしました!

癒されるポイントも人それぞれだとは思いますが、私は一人時間が大好きで、森好きが高じて一人で森林浴できるカフェなどをよく渡り歩いていて。長野県の森にある素敵なカフェなど一人でふらりと行っては癒されています。「一人ではないでしょ!」と韓国人の友人によく言われていますが笑)。(※神様と一緒にいるという意味)一人時間もいいですが、人に会うのも好きなので、教会に通うメンバーのお母さま世代の方々たちともよくお気に入りのカフェにも行っていますね。また、教会の仲が良いメンバーと2人で、よく旅行に出かけています。もちろん、森といえば 自然聖殿 は外せないですね!笑)

―笑)まさに、その通りです。それにしても、今日の取材場所もまさに癒しでした!

それはよかったです!

―主に出会う時が10代や20代、人によっては生まれた時から、という人もいますが、Makikoさんのようなタイミングの方々もいます。40代以降など特に自分を変化させるのはなかなか難しいところもあるように思えますが、教会に通って変化したところなどありますか?

意外と自分の考えが強かったことに気づけたことだと思います。そして肉体は自由だけど心は不自由な自分に気づけて少しずつ変化できたと思います。おっしゃる通り、歳を取るほどに自分の考えや心など変えられなくなることが多いですが、礼拝を通して神様のことを知れば知るほど、もっとよい自分を目指したいと思えるようになりました。神様の世界にいることで、御言葉を通してはもちろん、寝るときに見る夢を通しても、自分のことを知り、自分よりももっと大きな存在への価値や思いを知ることができる。聖書を学ぶことで、正しく知って人生を生きられることが、自分の変化につながっていると思います。

―最後に、今後の展望などお聞きできたら。

自分の好きなことを通して神様のなさりたいと思うことができたらと思っています。すでに子どもが教会に通っている親御さんたちで、まだ信仰というものに不安を抱えていたり、お子さんが心配と思っている方たちと、よい信頼関係を築いていきながら神様のことを伝えられたらと思っています。聖書の話を直接伝える人というよりは、そこに至るまでに(心を)耕す人になりたいな、と。私たちの世代はもちろん、信仰を持つことへの不安や心配などを持つ人と共にしながら(遊びながら笑)その人の考えに耳を傾けて聖書を学ぶことや教会へ通うことへの障害を一つひとつ取り除いていけたらという思いです。

貴重なお話をありがとうございました。これからも素敵な大人としてより一層光を放って活躍されることを応援しています!神様と共に過ごすカフェ時間、これからも是非ご一緒したいです~!

大好きな山小屋風のカフェなど、これからも癒しカフェ&スポットの開拓は続く…。

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