主の栄光教会ってどんな教会なんだろう?その答えは、教会に通う一人ひとりにあると考えます。教会を作っているのは、教会に通う一人ひとり。だからメンバーを知れば、その姿が浮かび上がってくるはずだと、連載コラムがスタートしました。教会の掲げるミッションとしてのSMART(Social・Motivative・ART)。そんなスマートな人たちの魅力に迫ります。
オリジナルの空気を纏っている人というのがいる。言い換えれば雰囲気のある人ともいえるが、いい意味で含みがあって、どこからその含みが生まれるのかを探りたくなる人、そんなメンバーをご紹介します。
File.046 MINAさん(20代・会社員)
この美しい歴史を
美しく表現し、発信していきたいです。
―今回の取材を受けられたのは、タイミングが合ったからだと聞きました。どんなタイミングだったのでしょうか?
そうですね。このタイミングでなければ、取材はお断りしていたと思います。人生において転換の時が人それぞれあると思うのですが、私にとっては今がそういうタイミングでした。引っ越しもして、一人で信仰を守っていたところから仲間と一緒に走ることがこれまでよりももっと増えていく時にいます。まさに神様の時だと感じました。
―神様の時ですか。なるほど、誰か人から何かを言われたから、というよりは、何事においても神様とのやり取りをとても大切にされているゆえなのだと感じます。
神様はまずどう思われるかなと、まず神様のことをより意識するように心がけています!聖書を学んで、礼拝に参加するようになった時は社会人一年目だったのですが、教会も遠く、教会のメンバーも周りにいない地の赴任になり、コロナ禍もあって一人の信仰生活がスタートしました。コロナ禍が終息していった後も、赴任地が教会のない場所だったこともあり、一人。だから名古屋に来たときは何をしたらいいのかわからない、みたいな状態にもなりました笑)。もちろん、教会は神様に直接出会える場所だと思いますが、一人でいても自宅を整えて服装もきれいにして、自分のいる場所で神様を迎えられるように整えて過ごしていました。
―その芯の強さはそのような背景があってこそだったのですね~。仲間がいて、一緒に信仰生活をする中で鍛えられることももちろんありますが、一人でいる分、神様を呼び求め意識するしかない環境でこそ大いに鍛えられることもありますね。
そうですね。また、先ほど話した神様の時を大切にするのも、聖書を学び始めたときの経験あってのことです。聖書を学び始めたのは大学1年生の頃だったのですが、10代の頃に自分が嫌いで変えたいと思っていたこともあって、学んでみようかなと学び始めました。でもある程度学んでから一度、学ぶのをストップしたんです。ストップしていた期間もたまに祈ったりもして神様を信じる気持ちはありました。ただ、この世の中で、何を信じてよいのかわからない不安や心配、恐れみたいなものが強かったのだと思います。

―そうして3年ぐらいのストップ期間を経て学ぶのを再開されることになったと。
はい。ストップ期間にも聖書を学ぶきっかけをくれた他大学の知り合いと、たまに会って話をしていました。いろんな話をしながらも、最終的には聖書の話になるので、それが少し苦痛の時も正直ありました笑)。でも神様がその人を通して、神様を忘れないように話してくださるのを感じましたし、徐々に心がほぐれてきたのか、もう一度学びたいと自分から思い切って話を切り出しました。再度祈って、聖書も読んだりしながらもう一度学ぶようになり、2回目の時はなぜか楽しく聞くことができました。神様の深い心を感じられるようにもなりましたし、聖書の話に集中できた感覚があったのを覚えています。
―3年ほどの期間で精神の成熟もあったでしょうし、変化もあった。時だったんですかね。
はい。まさに、神様の時だったのだと思います。一回目に機会はあったのですが、2度目の時こそ自分には楽しく、喜びで学んでいくことができました。だから、「時」を大切にしています。
―なるほど。それにしても、若くして、その落ち着きはどこから来るのか気になります!10代の頃に自分が嫌いだったとおっしゃっていましたが、自分のペースやご自身を大事にされている落ち着きを感じます。
10代の頃、哲学的なことをよく考えていました。生きる意味、目標、目的が分からないのが苦しいと思っていて。20代後半で人生が終わってもいいかなと思ったほどです。ただ生きていたくなかったというか…。

―なんと。自我の芽生えというやつでしょうか。誰もが通るような人生についての悩みのようなもの…とは何か一線を画す感じがしますね…。
そうですね。小学6年生の冬からほぼ1年間の入院生活が人生を考える大きなきっかけになったと思います。最初地元の病院に、突然の病で入院したかと思ったら、容態が急変して救急車で大きな街の大学病院に運ばれてから、いきなり一人での入院生活が始まりました。親元や地元を離れるのは初めてでしたが、入院生活で内面から変化した自分がいました。本当に変わったようで、中学校に戻った時に、小学生の時を知る地元の子たちが「誰だか本当にわからなかった…」と言うくらいに周りからは別人に見えたようです。
―別人に見えるくらいの変化とは、本当に言葉にはできない大きな内面の変化があってのことだと思います。
もちろん、希望もたくさんもらいました。勉強する楽しみに目覚めましたし、4名の医師がチームで診てくれて、大変お世話になったのですが、とてもいい人たちで。自分もこのように命を救ってくれた恩返しをしたいと医療の道へ進むようにもなりました。
―本当に大きな転換の時でしたね。一人にならざるを得ない状況で変化、成長するタイプなんですかね…?笑)
そうなんですかね笑)。でも、一人でいたからこそ、周りの人ではなく神様だけを見て成長できる機会が自分の土台にあってよかったと思います。人それぞれに信仰の土台となる経験があると思いますが、自分の場合は一人でいることだったのかもしれません。でも、入院の時も、一人で信仰生活を守っていた期間も、神様がずっとそばにいて守ってくださって今があります。

―一人の時を経て、今では教会でメンバーと共に装飾などセンスを活かされた働きも積極的にされていますね。
装飾に本格的に関わるようになったのは2023年のクリスマスのイベントでの教会装飾からだったと思います。その当時は新潟に住んでいたので、週末に電車で片道6時間かけて名古屋に来て、装飾の準備をして、日曜日に礼拝に参加して6時間かけてまた帰る、というのを毎週やっていました。肉体の疲れは多少ありつつも、不思議と根本的には疲れていないんです。もともと作品づくりに興味があったり、祖父が退職後、表装の師匠をやっていたり、祖母は水彩画や洋裁が得意だったり、なにかと創作活動というものに縁があったので楽しく喜びでやれていることも大きいと思います。そして、何より装飾はまっさらなところから天の構想を受けて形にしていくところが楽しいです。装飾担当のメンバーと一緒に作り上げて、全体が完成した時に「(神様が)共にしてくださった」という喜びが湧いてきます。
―なるほど。神様がいろんな人を通して働きかけ、全体が出来上がったときに一つの神様の構想が浮かび上がる瞬間は、まさに創作の醍醐味ですね。
はい。まさに!

―神様の構想が目に見える形になった時の喜びが伝わってきます。それにしても、落ち着いた声のトーンもありますが、MINAさんは、はかなそうに見えて、芯があり、ソフトでかわいらしい感じかと思いきや、いい意味で頑固な強さをもっていらっしゃる。なんだか漫画のヒロインのようです笑)。教会に通うようになって変化されたところはありますか?
漫画のヒロインですか…笑)!!? 変化したところは…。自分から提案や投げかけてみることが増えたことだと思います。これまでは、平和にしたいから人に合わせることを選択し、自分から身を引く、自分の意見は置いておくことが多かったんです。そうすることでその場の平和が保たれた成功体験が多かったからだと思います。でも、教会に通うようになって自分から提案すべきことは提案するようになりました。人から誘ってもらうのを待っていたところから、いいと思ったことは自分から人を誘うようにも。本当の平和が何かということが、神様を知って分かるようになってきたからだと思います。
―なるほど。素敵ですね! 最後になりますが、今後の目標があれば教えてください。
美しく生きることです。名前の漢字二文字に美しいという意味が両方とも込められていることを知って、まさに「美しい人になる」というのが自分のテーマ、目標だと思いました。具体的には、神様の言葉や思いを伝えていく人になっていきたいです。まだまだ自分の話をすることも苦手で、伝える人になることは挑戦なのですが、相手に伝わるように神様の言葉や思いを伝えられる人になっていきたいと思います。美しい神様の歴史、言葉を美しく表現して、美しく発信して、世の人々にも美しいものなのだと認識してもらえたらと思っています。
―貴重なお話をありがとうございました! 私も表現者として、気が引き締まる貴重な機会となりました。にしても…今回、カメラマンとも話していましたが、MINAさんのヒロイン感、空気感を写真と文章で伝えるのが難しい~!!ということ。私も何かしらのヒロインとしてまずは、オリジナルの空気を纏えるように精進しますっ!


南信州ののどかな地で生まれ育ったとのことで、自然が大好き。今回の撮影場所は、2回目に聖書を学び直し始めた時によく通っていた(名古屋ののどかな)思い出の橋。賛美したり、雲の形を通して神様の愛を感じたりも。一枚目は、MINAさん自ら、その橋から撮影した風景。二枚目は、新潟時代に雪の中を歩いて名古屋まで通ったという、思い出の雪景色。


教会装飾では、装飾の安全面や機能面など注意すべきことも多いが、それらを上回る喜びを毎回感じるという。一枚目は、教会のメンバーにも好評だった、クリスマスイベント時の窓際のディスプレイ。二枚目は、今夏のイベント時のスタジオ全体装飾。構想から装飾まで中心的に担当した。

