主の栄光教会ってどんな教会なんだろう?その答えは、教会に通う一人ひとりにあると考えます。教会を作っているのは、教会に通う一人ひとり。だからメンバーを知れば、その姿が浮かび上がってくるはずだと、連載コラムがスタートしました。教会の掲げるミッションとしてのSMART(Social・Motivative・ART)。そんなスマートな人たちの魅力に迫ります。
今回は、北の大地で天の「無条件の愛」に向き合い、そのストイックさはまさに現代のサムライとも言えるメンバーの登場です。
File.045 TAKAHIROさん(会社員・30代)
「愛で行なえていない」という、
自分の「弱さ」を知ることができました。
―TAKAHIROさんは大手メーカーで日々忙しく働かれる一方、教会ではスポーツや聖歌隊など、様々なことを精力的にされている印象ですが、昔からそのように活動的だったのでしょうか?
小学校から高校生までは野球をしていました。海外にも興味がありましたし、大学のスポーツは野球以外の何かをやってみたくて、アメフトだったりゴルフだったり、いくつかの部の体験に行きました。その中で、部の雰囲気が良さそうだったのと、今までやったことのなかった個人競技だという理由で、ボート部を選びました。それまでは野球で、陸の上でのスポーツだったので、水上の、しかも自然の中でのスポーツというのが新鮮で、興味を持ったのもあり。
―ボートというと、とっても過酷なスポーツだと聞いたことがありますが…。実際はどうなのでしょうか?
辛すぎて、湖の上でボートを漕ぎながら泣いてましたよ(笑)。大学の授業が始まる前に、大学から11km離れた湖で練習があるので、毎日朝3時に起きていました。練習が終わると一限目の授業に向かい、授業が終わると今度は夕練が始まるので、また同じ湖まで行ってボートを漕ぐ、という生活で。大学は北海道だったので、11月を過ぎると湖が凍ってしまい、筋トレのシーズンに入ります。その期間は、雪山でクロスカントリーをしたり、大学のジムでウエイトトレーニングやローイングマシン(※)をみんなでひたすらやっていました。マシントレーニングを終えた瞬間、そのまま意識朦朧となって立ち上がれなくなる人もいたんです。
※ローイングマシン:ボートを漕ぐ動きを鍛えるマシン

―なかなか凄まじいエピソードですね(笑)!聖書を学び始めたのは大学生からと伺いましたが、そのような生活の中で一体なぜ聖書を学ぼうと思ったのですか?
トレーニングは真面目にやっていたので、ローイングマシンのタイムトライアルは部内で一番になったこともあり、腹筋も割れるどころか盛り上がっていましたが、「これをこのまま続けて何になるんだろう…?」という気持ちが次第に大きくなっていきました。そのままボート部にいても、ある程度将来はイメージできてしまっていたこともあり、二年生の11月で退部する決意を固めていました。ちょうどその頃に、ある人から「人として成長するために」ということで聖書を薦められたので、「今度はこれに時間を投資してみよう」と思いました。母校の創立は、キリスト教の精神が基になっていましたし、海外に興味があったこともあり、聖書を通して文化背景を学んでこそ理解が深まると思ったことも、学び始めた理由ですね。
―聖書に出合うタイミングが絶妙で、まさに神様が働かれているのを感じますね…。部内での信頼が厚かったと思うので、退部する時は大変だったかと。
当然、(退部を)止められましたし、部員の中には教会のことを悪くいうWebサイトを見ながら「怪しい宗教じゃないか?」と言ってくる人もいました。このことを、当時のバイブルスタディの講師に伝えると、その人はインターネットに書かれている記事には自分たちの教会についても書いてあることを認めつつ、「実を見て木を知りなさい」という聖句を紹介してくれながら、「実際にこのバイブルスタディを聞いている人たちの姿を見て、ここは悪いところだ、と思うなら無理して学ぶことはないし、それは自分で判断してね」と言ってくれました。実際、このバイブルスタディを学んでいる周りの人たちは、自分には輝いて見えましたし、インターネットでは悪く書かれているようだけれど、それでも学んでみたいと思いました。

―そうだったんですね。その状況で、「それでも学んでみたい」と思えたのは、聖書の話がとても印象的だったということでしょうか。
人間の霊と精神と肉体について学ぶバイブルスタディがあるのですが、それを聞いた時、肉体と精神がいくら充実していても、人としての本質的なことが足りないんだ、と衝撃を受けたことを覚えています。
―肉体と精神力を極めてきたTAKAHIROさんが言うと、説得力がありますね笑)。ボートを辞めて本格的に聖書を学び始めてからは、どのような生活を送っていたのですか?
礼拝にも参加し始めましたが、当時の北海道は、まだ人数の多くない教会だったので、教会の活動にまつわる様々なことをやっていました。当然、大学の授業もあるので、多忙な毎日を過ごしていたわけですが、そんな中で、責任感と義務感だけで動いてしまい、自分の中でうっすらと「愛で行なえていないな」という葛藤が生まれ、どうすればいいかわからなくなってしまった時がありました。そこで、一度、実家のある岐阜にゆっくり帰省したんです。自分のルーツを再確認しながら、自分自身を整理したい、という思いがあったので。その時に、ドイツにあるCGM(キリスト教福音宣教会)の教会に通っていた方で、僕と同郷でもあることから親しくさせてもらった方と打ち解けて話しながら、自分の信仰生活における悩みを聞いてもらいました。その時、「TAKAHIROくんの話を聞いていると、愛の飢えを感じるよ」と言われました。そこで、自分に向けられた天の「愛」に目が開かれていなかったことを確信するようになったんです。

―なるほど。天の愛ですか。まさに根本的ところですね。
はい。それまでの人生は、何かをやり遂げたり、何かをして差し上げた対価として自分が「評価」される、だから熱心に行なう、という考えで生きていたので、信仰生活もそのように過ごしてしまっており、「神様を愛するからすべてのことを行なう」という根本からは少しずれてしまっていたように思います。だから、神様がわたしたち人間一人ひとりを無条件に愛してくださる、その「無条件の愛」というものが、僕にはすぐには理解できなかったんです。お話しした方には、「天の愛を悟ろうと思ったら、切実さと真実さをもって祈ることが必要だと思うよ」と話してもらったので、話したその日にあった礼拝でお祈りする時に、「神様、わたしは愛が欲しいです」と自分の本音をぶつけてみたんです。その時、神様の自分に向かう愛の心を感じたと同時に、自分自身の内面の真実な思いに触れて胸が熱くなり涙が止まらなくなったことをよく覚えています。
―まさに人生観が変わった瞬間といいますか、そのお祈りの変化は、本当に大きな転換ですね。TAKAHIROさんは学生の頃から絵に描いたような「優等生」だったと伺っていますが、相当の努力をされてきた分、自身の真実な内面に向き合うには葛藤があったということでしょうか。
学生の頃から勉強やスポーツを頑張っていたのは、承認欲求を満たしたいというのもあったと思いますが、それだけではなく、「ちゃんとやらないと」という思いが強くて、やらないと自分が自分でなくなる、という恐れみたいなのもありましたね。野球の練習が終わった帰りの電車の中でも勉強し、定期テストではいつも学年上位だったので、周りのイメージを壊したくないという思いもありました。それで努力してきたことが無駄だったとは思いませんが、信仰生活を送る中で、「愛で行なえていない」という、自分の「弱さ」を知ることができました。

―そのようなご自身の「弱さ」に気づいてから、信仰生活はどのように変わりましたか?
北海道に戻ってからも、続けて真実なお祈りをしようと思い、明け方のお祈りは欠かさずにやりました。「無条件の愛」とは何なんだろう、といったことを考えながら、明け方に自分の大学の敷地内で雪をかき分けながら人目につかないところで祈ったことも!「愛」についてだけでなく、「霊」だったり「永遠」ということに関して深く考えながら祈っていると、そのことについて新たに自分の目が開かれたような感覚になったこともありました。そこで感じたことを文章にしておいて、それを基にさらに祈ってみる、ということを繰り返していると、お祈りがより深くなってくのを感じました。自分がキリストによって赦された罪人だった、ということをはっきりと実感したのも、この時のお祈りを通してでした。
―北海道の雪の中で一人祈る姿から、「サムライ」というあだ名をつけられたそうですね笑)
「サムライ」とあだ名をつけられたのがその時からだったか、あんまり覚えてませんが笑)。働き始めた頃、職場の最寄駅から4kmの道のりを雨の日も雪の日も自転車かランニングして通勤していたら、会社の人からも「サムライ」と呼ばれ始めました笑)。でも、その話を結婚する前に奥さんとしていた時、「わたし、武士になりたいと思ってた時期あった!」と言っていたので、何だか不思議な縁を感じたのを覚えています笑)。

―なんと! もしや、TAKAHIROさんのご家庭は「武家」のようなストイックさでお子さんたちも過ごしているのでしょうか…笑)?
いやいや笑)、子どもたちは、何をやるにしても天と通じながら、神様と一緒にやってくれれば、あとは自由に生きてほしいと思いますね。義務感、責任感だけで何かをやるのではなく、その上の次元というか、本当に神様を愛して行なう、ということを中心にして生きてくれればと思います。
―本当に、おっしゃる通りです! では、最後になりますが、今後のビジョンのようなものはありますか?
子どもたちだけでなく、周りの人たちから見て、キリストの香りを放っているような人になりたいなと思っています。ただ、今現在、以前のようなストイックさでお祈りを通して「神様の愛」を感じているかと言われると…、そうでもないな、と思うところも正直あります。だから最近は、育休中の時間を利用して、じっくりとお祈りする時間を持つようにしました。まだまだ発展途上ではありますが、天とはっきり通じながら生きていきたいなと思います。

―貴重なお話をありがとうございました! その磨き上げられた精神で、これからも教会をキリストの香りで満たしていってください!



