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2026年5月24日 主日礼拝『1.あなたがやらなければならない 2.自分の祝福、自分がやらなければならない』

本文

〈マタイによる福音書21章33~46節〉:もう一つの譬を聞きなさい。ある所に、ひとりの家の主人がいたが、ぶどう園を造り、かきをめぐらし、その中に酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた。収穫の季節がきたので、その分け前を受け取ろうとして、僕たちを農夫のところへ送った。すると、農夫たちは、その僕たちをつかまえて、ひとりを袋だたきにし、ひとりを殺し、もうひとりを石で打ち殺した。また別に、前よりも多くの僕たちを送ったが、彼らをも同じようにあしらった。しかし、最後に、わたしの子は敬ってくれるだろうと思って、主人はその子を彼らの所につかわした。すると農夫たちは、その子を見て互に言った、『あれはあと取りだ。さあ、これを殺して、その財産を手に入れよう』。そして彼をつかまえて、ぶどう園の外に引き出して殺した。このぶどう園の主人が帰ってきたら、この農夫たちをどうするだろうか」。彼らはイエスに言った、「悪人どもを、皆殺しにして、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに、そのぶどう園を貸し与えるでしょう」。イエスは彼らに言われた、「あなたがたは、聖書でまだ読んだことがないのか、『家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。これは主がなされたことで、わたしたちの目には不思議に見える』。それだから、あなたがたに言うが、神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう。またその石の上に落ちる者は打ち砕かれ、それがだれかの上に落ちかかるなら、その人はこなみじんにされるであろう」。祭司長たちやパリサイ人たちがこの譬を聞いたとき、自分たちのことをさして言っておられることを悟ったので、イエスを捕えようとしたが、群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである。

自分の祝福は自分が行なって得ましょう。自分が種をまいて農作をするように、自分が自分の信仰の生も生きて、人生も生きるのです。自分がやるにしても、神様の畑にまいてこそ、100倍、200倍実を結びます。神様のものは神様に捧げてこそ、いつも栄えます。

神様に「自分」という捧げものを完全にすべて捧げたなら、これからは自分を神様が願われるとおりにつくるのです。自分の人生、一生を完全に神様に捧げて神様のものになってはじめて、神様もその人の神様になってくださいます。各自持って生まれた祝福もありますが、時代ごとに神様が遣わした人が与える祝福があります。遣わされた人の祝福が大きくものすごいです。遣わされた人一人によって後世まで神様の中で祝福を受けて暮らします。

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