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〈伝道の書3章1~8節〉:天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
すべてには時があります。すべて神様の時に合わせてやれば、やることがうまくいきます。その時にできなければ、万事のことができません。石が水に、風によく削られ、つくられてこそ作品として貴重に使われるように、人も御言葉で削られ、特別につくられていてこそ一層貴重に使われます。心が柔らかく磨かれることです。
この説教を伝える時が、各自心と行ないを磨き、つくる機会です。御言葉を貴重に聞いて心も信仰もつくるのです。機会が過ぎれば自分に感動が来ません。磨き、つくる時が過ぎ去ったのに心をつくらなかったら、心も行ないも続けて荒いです。自分をつくった分、使われ、天国にも行きます。
